創作と探求の友

「読書」と「物語の執筆」を豊かにする本を紹介するブログです。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか 』

 仕事をしていると本が読めない。これはまったくもってその通りです。明日が仕事というだけで本を読むのが億劫になるんですよね。そうなってくると休日も読むのが億劫になり、買った本は積み上がるばかり。そんな読書生活を続けたせいで、自己紹介で「趣味は読書です!」とは、なんか胸を張って言えなくなりました……。

 そんな折、本書に出逢いました。なんだか運命的なものすら感じます。新書としては異例なほどのベストセラーみたいです。みんな同じ悩みを持っているんですね。やっぱり、社会には潜在的な読書好きって多いんですよ。みんな読書欲が抑圧されているんですよね~。

 

内容紹介

本書の主題

 著者は、社会人だったある日、あれほど好きだった読書に対する熱意を失っている自分に気づきます。本を開いても読む気力さえ湧かない。SNSを眺めるだけで時間が過ぎる。そうした現状に不満が高まり、著者はついに会社をやめてしまいます。

 その経験をネットで発信したところ、大きな反響がありました。彼女の場合は読書でしたが、自分が大事にしたい時間を確保する難しさは、誰もが痛感しているところでした。その誰もが持つ大事にしたい時間のことを、著者は「文化」と定義をします。バンドの追っかけをすること、好きな俳優の舞台を観にゆくこと、好きな国の言葉を勉強すること、家族と団らんの時を過ごすこと、自炊して美味しいご飯を楽しむこと、日々の生活を整え悠々自適に暮らすこと……。それらはすべて、自分の人生を彩るのに不可欠な「文化」なのです。しかし、現代日本の労働環境では、読書をはじめとしたそうした文化的生活を仕事と両立させるのは非常な困難を伴います。

「どうして現代社会ではこんなに労働と読書を両立させづらいのか」

「どうすれば現代社会は労働と文化的生活を両立できる社会になるのか」

 その二つの問いが本書での大きなテーマとなっています。

「どうして現代社会ではこんなに労働と読書を両立させづらいのか」

 過酷な労働環境下においても、昔は読書が娯楽として人気でした。それは読書が立身出世と密接につながっており、社会と読書が地続きだった世相が大きかったようです。現代人の読解力が低下が原因かと思っていたんですが、どうもそれはあまり関係ないみたいですね。それよりも「政治の時代」から「経済の時代」という労働環境の変化が要因として大きいようです。

 それまで「他者の文脈」を読み取る営みは、人間関係を補強するものとして役に立っていました。そのため、そうした時代の読書は、社会人からも厚い支持を受けた趣味だったようです。それは「政治の時代」として、社会を構成する人間の人情的な判断が、社会に大きな影響をもたらす時代背景があったおかげでした。それが「経済の時代」になると、社会の動きは人情ありきのものではなく、経済活動ありきのものになっていきます。すると今度は読書をすることで得られるはずの滋養が、仕事における「ノイズ」となってしまい、暮らしの上で余計な負担として我々にのしかかるようになってしまいました。

 これは肉体労働をしている人が、趣味で草野球をするのは人一倍大変であることと似ているような気がします。仕事の役に立つかどうか微妙な分野で体力を使うのに、あえて強い意志が必要な感じと言いますか。それで言うと自己啓発本は、仕事にも活かせる余暇であるということから、さながらランニングや筋トレのようなものですかね。そう考えると、現代の読書というものが、いかに骨の折れる趣味となったのか改めて実感されてきますね。

「どうすれば現代社会は労働と文化的生活を両立できる社会になるのか」

 では、どうすれば現代社会は労働と文化的生活を両立できる社会になるのか。その問いに対し著者は「半身で働く」という回答にたどり着きます。全身全霊で働くのではなく、仕事以外に割ける「余力を残す」ような労働を実践することを提唱するのです。それは一見すると他愛ない結論にも感じられますが、そこに至るまでの過程のおかげで説得力がありました。

 本書は労働と読書史を総覧する意欲的な論考でしたが、その中でも、それまでの論理が一気に収束していく『第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか』に向けての盛り上がりはエキサイティングでした。ただしその次の『最終章「全身全霊」をやめませんか』はちょっと前のめりになっている感じが気になってしまいました。引用の仕方がちょっと強引で恣意的ではないかという印象を受けましたね。ただしその分、伝わる熱量は他の章と比べて高かったです。どうせここまで読んだのなら、野暮なことは考えず著者の主張を真正面から受け止めた方が良いような気がします。

 

感想

 本書を読んでいて、ずっと頭の中で渦巻いていたのは「話が横道に逸れてないか?」というモヤモヤでした。映画『花束みたいな恋をした』の場面と照らし合わせた考察は分かり易くて良かったんですが……。特に最初の方は著者の言わんとすることがつかみにくく、近年の話に入るまでかなりヤキモキさせられました。しかし、最後まで読み通せば、核心部の主張は一貫していることが分かるので、はじめから筋道を立てて書いた論考だったのだと理解できました。自分には結論を急ぎ過ぎるきらいがあり、そこは反省せねばなりません。とはいえ、そうした部分が読者として気になってしまったというのは正直に白状しておきます。

 本書の主張を反芻して、それでもなお、「この人は良いよなぁ……。好きなことが出来て、高い所から物を言って、それが仕事になって……」と思われる向きもあることでしょう。特に、どんなに嫌でも全身全霊で働かなくては生活すらままならない状況に置かれている人にとっては「半身で働こう」という著者の提唱は受け入れがたい部分があるかもしれません。というより、著者のような「仕事が大好きな」人間がこういうことを主張するのは、やや残酷である気もしますね。

 しかし、そのような現状だからこそ、本書がベストセラーになっているのは非常に有意義なことだと思います。本書が広まってゆくにつれて、半身社会の実現が近づくような感じさえあります。そういう意味では本書は社会的な思想書にも近いですね。なので、どんどん買うべし。人に薦めるべし。そんな本だと思います。